| ミニ舁き山 kakiyama.html | ||
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| プラスチック回転台座 (320φ)付 | ||
| ① 八幡太郎源義家 | ② 山中鹿之介幸盛 | ③ 宇治川決戦 |
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| 源頼義の長男であり、京都八幡市 石清 水八幡宮で元服したことにより八幡太郎 義家とよばれた、 平安時代後期の武士 団の棟梁、 1039~1106 67歳。 |
島根県安木市生まれ ~1578年、安土桃 山時代前期 主君尼子氏再興のため宿敵 毛利元就軍と戦う、 月に願いをかけ兜の 前立てに月を戴く。 |
平安時代後期、 1184年 源義仲が京でやりたい放題をし、後白河法皇 と対立していた、法王は源頼朝に義仲追放を 頼み頼朝は義経・範頼を差し向けた、宇治川 にて義仲軍の様子を見る義経。 |
| ④ 豪槍蜻蛉切 |
⑤ 小楠如意輪堂刻 | ⑥ 源 義仲 |
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| 本多忠勝、 室町~安土桃山~江戸時代 13歳で初陣、19歳で騎馬武者隊の隊長に なる、57回の合戦に従軍 一度も負けた 事がなかった、愛用の槍 蜻蛉切の切っ先 に止まったトンボは真っ二つに切れて落ち た。 1548~1610 62歳 |
楠正行(楠木正成の嫡男) 室町時代 武家側(北朝)と朝廷(南朝) との争いで朝廷側の重鎮北畠親房は楠正 行に出撃を命じます、この戦の前に如意 輪寺に参拝し御堂の板扉に戦に参加する 一族郎党の名前を矢じりにて刻み 辞世の句を書遺す。 ~1348 23歳? |
源義仲(木曽義仲) 平安時代後期 源頼朝・義経兄弟の従兄弟にあたる、 平家打倒に参戦し倶利伽羅峠の戦いで 平維盛の大軍を破り京都へ凱旋するも京 の治安は悪くなり 乱暴狼藉が横行、 これを治めようとする義経たちと争いになる 1154~1184 31歳。 |
| ⑦ 元親中冨川奮戦 | ⑧ 鎮西八郎強弓勲 | ⑨ 平 経正 |
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| 長宗我部元親 室町~安土桃山時代 四国平定を目指し阿波侵攻を進めていた が、織田信長も四国を狙っていた 本能寺 の変により織田氏の圧力は消滅し阿波攻 略の絶好の機会が訪れた、 1539~1599 60歳 |
源 為朝 平安時代末期 源頼朝、義経兄弟の叔父、 |
平経正 (平清盛の甥) 能、琵琶の名手 平安時代末期の平家の武将、 敦盛の兄 一之谷の戦いで戦死、 ~1184年3月20日 |
| ⑩ 平 敦盛 | ⑪ 弁慶武勇誉 | |
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時代年号 (推測) 石器時代 縄文時代 前13.000?~前1.000? 弥生時代 ~後300? 飛鳥時代 592~710? 奈良時代 710~794? 平安時代 794~1185 壇ノ浦1185 鎌倉時代 ~1333 元寇2回 室町時代 ~1573 南北朝 安土桃山時代 ~1600 本能寺1582 江戸時代 ~1867 明治時代 1868~1912 大正時代 1912~1926 昭和時代 1926~1989 平成時代 1989~2019 令和時代 2019~ |
| 平敦盛 笛の名手 ~1184 17歳 一之谷の戦で熊谷次郎直実に討ち取ら れた。 此のことで世をはかなんだ直実 が出家する時の心情が幸若舞 敦盛に 謡われる。 |
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